連載小説「いしのわた」2話

「ハイ今行きます」

美代子は緊張のあまり声高く返事をした。ギシギシ音がする床を従業員のあとを追った。恐山では動揺があったがなんとなく落ち着いていた。急ごしらえの部屋に入った。イタコは法衣を着て袈裟をまとっていた。膝の上には赤い布時に蓮華の花を描いた前掛けを掛け数珠は鹿や熊の角や爪が下がっていた。祭壇はなかったが金襴緞子に身をかためた王志羅夫が安置されていた。

黒い眼鏡のイタコが話しかけた。五所川原市から来た工藤タケですと紹介した。

「お父さんはどこで何年に生まれで何時になくなりゃんした。そしてなんで亡くなりやんした。今おみゃさんは誰と暮らしているんすんか」

 訛った言葉で急に聞かれたが自然と答えることが出来た。

「お父さんの名前は石川茂夫、昭和十五年三月二十日に福島県の鏡石町で生まれました。仕事は大工でした。私に子どもはいませんが先妻の子どもが二人いますが独りで暮らしています」

「亡くなった原因は大工の仕事しているときにアスベストを吸って中皮腫という病気で平成十八年十一月二十日日に亡くなりました」

目が潤んだ。

「アスベストと言ったけどそれは何のことすか」

「アスベストは石綿とも言って熱につよく燃えにくく加工しやすいので建設や建築の材料に使われたそうです。自動車のブレーキなどにも使ったそうです。美代子は建設組合の書記に聞いたことを思い出すままに話した」

「はぁー初めて聞いたけどなんすて病気になったんですか」

「アスベストは吸い込むと肺の周りの皮に刺さりそれが癌になるそうです。国立がんセンターで診てもらい中皮腫といわれ死んでしまいました。背中が痛い、痛い、息を吸うのも苦しいと言って亡くなりました」

「それは大変だったなっす。それではご主人を呼んでみますので・・・・」

 イタコは数珠を持ち直し拝みはじめた。声が大きくなったり小さくなったり立ち上がったり身体全体で祈祷していた。後で聞いたらホトケ呼びというそうだ。イタコの声がだんだん主人の声に似てきた。

「降りだるつゆが、なゆぎしなゆぎときは、神のだいたいが・・・・」

と口説が続いたあと静かになったとおもったらお父さんが語り掛けてきた。

 

 「美代子か。美代子よくきてくれたな。お前に呼ばれるとは夢にもしらないでかたずけない。あの時は何も話すことができないほど苦しかった。背中は痛いし寝れないし。そのうちに身体中が痛くなった。それでもお前がそばに居てくれたのでどれほど楽だったか。まさか大工をやっていて病気になるとは」

「お前と決めたけな。七十歳過ぎたら大工をやめて福島に帰って畑でも耕して暮らしたいなと。願いがかなわなくて申しわけない」

美代子はただただ涙がこぼれるだけだった。

「美代子、何も心配することはないよ。息子たちと上手くやってくれれば良いからな。俺の分まで長生きしろよ。北の方角はあまり良くないから福島に帰らなくてもよいからな」

 主人はやはり先妻の子どもたちとの関係を心配していることがわかった。

 

―続く―